「音楽療法」とハープセラピー

グレープハープには「音楽療法に興味がある」「ハープを音楽療法で活かしたい」「音楽療法士になりたい」という希望のある方の問い合わせが多く寄せられるようになりました。 「音楽療法」と「音楽療法士」は深い関係性がありますが、音楽療法は必ずしも音楽療法士によらなければならない、というものではなく基本的に自己裁量、施設の理解などから比較的自由に取組むことができます。しかし、安易に捉えすぎても失敗の原因となってしまいますし、病気を抱える患者さんの対応・対処を分からずに近づくことは危険すぎます。音楽を提供する側とされる側の相互理解やどのような意図でどのような効果を期待するのか、といったことを明確にしておく必要があるでしょう。

音楽療法とは?

広義的に認識されている「音楽療法(セラピー)」というのは、楽器を弾く奏者とリスナーがいることで、どこでも誰でも実践可能と言えるでしょう。しかし狭義的に捉えると、音楽療法は専門的な訓練を受けて認定資格を取得した音楽療法士が病気や障害を抱えたクライアントを対象に、その症状の回復や機能の維持と改善、不都合と思われる行為の変容を目的とした治療行為のことを指します。そういった観点から、一般の生活で認識されている音楽療法というものは「療法的音楽」または「音楽による療法」という表現が適しているでしょう。

音楽療法が代替医療(Alternative Medicine)と言われるほど定着している欧米と比べると日本の音楽療法は歴史も浅く、決してメジャーとは言えません。また、小児科、精神科、リハビリテーション科、神経内科、外科、ER、ICU、緩和医療、ターミナルケアなど実に様々な医療現場で音楽療法が実践されている欧米に比べると、日本は精神科あるいは福祉施設において音楽療法が取り入れられることが多く、医療、福祉、教育、保健という広領域を対象としてはいるものの、国家資格の医療職ではないために診療報酬の対象にならず、ボランティアになることも懸念されています。その背景には「効果が科学的に解明されていない」という理由があります。音楽好きの行政担当や政治家が多い国は比較的音楽療法への関心と理解が高いようです。

日本で音楽療法を広める活動は日本音楽療法学会を中心に、音楽関係団体やまた、個人の療法士によってもセミナーやワークショップが各地で開かれています。学会はアカデミックな視点から、各国比較をして良い事例を積極的に取り入れると共に、症例のシェアなどにより、独自(日本)の音楽療法の体系化を目指しています。音楽療法は世界共通のものではなく、育んできた歴史的背景が異なる分、各国に違いがあり、またそれは個人レベルについても同様のことが言えます。つまり100人の音楽療法士がいたら100通りのやり方がある、ということになります。

「音楽療法士」になりたい方のために

ハープ演奏を音楽療法的な実践のなかで役立たせたい、または音楽療法士についてもっと詳しく知りたい、という方のために、グレースハープ取締役であり、音楽療法士として活躍している田原ゆみのメッセージを掲載いたしました。日々クライアントに対峙しながら最適療法を実践、試行錯誤しながら時には5年や10年という長期に渡ってクライアントと向き合うひたむきな音楽療法士という職業が、決して平坦な道のりではない、ということを認識いただいた上で、この職業に興味を持つ方の理解の一助となれば幸いです。

※音楽療法士になるための詳しい情報は日本音楽療法学会のホームページをご覧ください。
日本音楽療法学会の「認定音楽療法士」以外の認定につきましては主催学校または主催団体の認定となります。

最近、ハープを弾く方から「音楽療法に興味がある」という話をよく聞くようになりました。
ハープという楽器のイメージもあると思いますが、やはりハープが心や体に良い影響をもたらすことを、
ハープ奏者自身が一番実感しているからではないでしょうか。

ここでは、音楽療法士としての立場から、日本の音楽療法におけるハープの現状と今後の可能性に
ついて、私自身が知っていることや考えていることを書いてみたいと思います。



《日本の音楽療法におけるハープの現状》

音楽療法という視点からハープについて考えると、まずは神話や歴史の中に、ハープが(広い意味で)音楽療法的に使用された例をたくさん見つけることができます(詳しくは「ハープ&リラ 歴史・神話のおはなし」参照)。また、アメリカでは1990年代からハープ・セラピーと呼ばれる活動が徐々に広がり、ハープを音楽療法に利用した例がこれまでに数多く報告されています(詳しい事例については「音のゆりかご:ハープ・セラピー・マニュアル」参照)。

それでは日本の場合はどうでしょうか。

私は2000年に「音楽療法の中でハープを活用したい」という考えを持ち、実践の中でハープを活用している音楽療法士の先生を自分なりに探してみましたが、残念ながらそのような先生にめぐり合うことはできませんでした。その後、実際に音楽療法の現場でハープを使用し始め、2003年には日本音楽療法学会学術大会で『音楽療法における小型ハープの可能性に関する考察』と題した研究発表をおこないましたが、その時点でもハープを弾く音楽療法士を自分の他に見つけることはできませんでした。

しかし、ここ数年の間に、日本の音楽療法におけるハープの状況も変化してきました。

音楽療法学会学術大会の会場で小型ハープが展示販売されるようになったこともあり、ハープを購入し、実践の中で活用する音楽療法士が徐々に増えてきました。また、アメリカのハープ・セラピーについて紹介される機会も多くなってきました。10年前に比べ、日本の音楽療法業界におけるハープへの感心はぐんと高まったと言えるでしょう。

しかし、日本の音楽療法の現場でハープが使用される例はまだまだ少ないのが現状です。日本とは文化や音楽療法事情の異なるアメリカのハープ・セラピーをそのまま日本に当てはめることは難しいと言わざるをえませんが、まだまだ日本でもハープを活用できる余地があると思われます。今後、日本の音楽療法においてハープがさらに普及していくことを期待します。

《音楽療法士と演奏家の違い》

ところで、「音楽療法に興味がある」というハープ奏者の方々の話をよく聞いてみると、「病院や施設などで演奏をする」というイメージを抱いている方が多く、音楽療法士の実際の仕事内容をイメージしている方はほとんどいらっしゃらないのが現状のようです。

誤解の多い部分ではありますが、音楽療法士は治療のために音楽を意図的に使用する専門家であり、病院や施設などでいわゆる慰問演奏をおこなう演奏家とは異なります。音楽療法の現場では一方的に演奏を"聞かせる"よりもむしろ対象者の方と"一緒に"音楽をすることが多く、また、演奏を聞かせる場合でも常に目的や対象者への影響を考えて楽器や曲を選ぶ必要があります。当然のことながら対象者や状況によってはハープ以外の楽器のほうが適していることもあり、特にハープが適したケースでなければ、ハープのみで有意義な音楽療法をおこなうことは難しいと言えます。

また、実際の音楽療法の現場では、患者さんに怒鳴られてしまったり、子どもにひっかかれてしまったりと、"優雅にハープを弾いている場合ではない"状況が度々発生します。もちろんそのような過酷な状況の中にも多くのやりがいがあるわけですが、「ハープを演奏したい」という気持ちが強い場合は、音楽療法士よりもむしろ演奏家のほうが適していると言えるでしょう。

《演奏家としてセラピー的な活動をするには?》

"音楽療法"という言葉の定義については様々な考えがあると思いますが、日本音楽療法学会の定義から考えると、病院や施設における慰問演奏は、基本的に"音楽療法"には含まれません。しかし、病院や施設での演奏活動は、病気や障害を抱えている方を対象とする点で通常とは異なる配慮が求められますし、演奏を聴いた方の状態が結果的に改善することもあります。"セラピー(療法)"という言葉を広く解釈するならば、場合によってはこのような演奏活動も"セラピー的"と呼んで差し支えないのではないでしょうか。

同様に、広い意味で"セラピー"を捉えるのであれば、活動場所は病院や施設以外にもたくさん考えられます。たとえば、家族や親しい友人を相手にハープ演奏をおこなうことも、それによってお互いに心穏やかな時間を過ごせるならば、それは広い意味で"セラピー"と言えるかもしれません。また、一般の健常者を対象とする場合でも、ストレスの軽減や気分の転換などセラピー的な目的を持って演奏活動をすることが可能です。

ただ、"セラピー"という観点で音楽活動をおこなう際に心に留めておいていただきたいのは、音楽は時に素晴らしい変化や感動をもたらすことがありますが、逆に相手にマイナスの影響を与えてしまうこともあるということです。特に医療現場で音楽活動をおこなう場合、音楽の持つ"力"や"効果"だけでなく、同時に音楽の持つ"危険性"にも目を向け、自分だけでなく相手にとってもその音楽が有意義なものであるかどうか見極める必要があります。そこをしっかりと考えて活動がおこなわれるならば、ハープの優しい音色は人々の心を和ませ、時には体の痛みを忘れさせ、心地良い幸せな時間を多くの人にもたらしてくれるのではないでしょうか。